「北米を把握しなければならない」

これは、2017年頃にほぼ全ての日本のゴルフメーカーが掲げた継続的なビジネス展開の方針だった。

この年のPGAマーチャンダイズショー(別名、19ドルのチキンラップ発祥の地)に行くと、ゴルフ用品市場No.1は未だ米国で、米国に本拠を置くメーカー以外が、米国に拠点を置こうとしていたことは明らかだった。

理論的に見れば、米国市場に乗り込むことは理解できる。実際、考えるまでもない。「アライド・マーケットリサーチ」によれば、2020年の世界のゴルフ市場規模は70億ドルで、2030年までには100億ドルに達すると推計されている。

さらに深掘りしてみると、2020年の市場規模の約半分がゴルフクラブで構成されており、専門家の間でもこれが続くとしているのだ。

また北米は、市場への収益貢献度においても、現在(35億ドル)も予測(47.5億ドル)でも最高となっている。たとえ数十億ドルあるパイのごく一部であっても、地味ながら永続的にその一部を取りたい小規模ブランドにとっては、十分に満足できるはず。

ちなみに、通常、メーカーが北米について語る場合、米国が中心である一方、カナダ(2021年13億ドル)とメキシコも非常に重要な市場であるのは暗黙の了解となっている。

当時、三浦技研、EPON(エポン)、ヨネックス、ヤマハ、Vega(ベガ)、フォーティーン、オノフ、PRGR(プロギア)、そして本間など小規模なブランドは、北米進出に意欲があるように見えた。それから5年、北米市場には本格的な日本ブランドはほとんど存在しないのが現状だ。

一体、何があったのだろうか?


むか~し、むかし…

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かつて、日本製のクラブは、米国主力ブランドではコストがかかり過ぎる厳しい製造公差と製造技術を備えたブランド好きのゴルファーに慕われていた。

日本のゴルファー(それ故、メーカー)は、クラブデザインのフェースアングルやヘッド重量、重心位置、重量配分といったことに拘りを持っていた。つまり、日本のゴルファーこそ、“真のクラブオタク”だったということ。

別の言い方をするなら、日本市場は、他国市場なら気にもしなかった細かいことを気にかけていたってわけだ。

これに少量生産で高コストのビジネスモデルと、業界を代表する鍛造技術が融合したことで、それとマッチする高級で特別な存在となるために必要なものが兼ね備わったということになる。

また日本のゴルフクラブは、こうした物理的特徴だけでなく、伝統的な侍の「刀」を作り出す鍛冶職人が祖先であることも活かしていた。

6万を超える時間を費やして技術を会得した熟練の「鉄」の匠が、その知識を後世に伝えた。一説にはそんな話もある…。

日本のゴルフブランドは、ちょっとした神秘性に、「伝承」と「伝統」を掛け合わせることで、業界でその地位を確固たるものとし、日本という土地と、強力なブランディングの基礎となる製品とのつながりを形成した。

スイスの時計やフランスの香水、フランスのブルゴーニュ産のワイン、そして日本の鍛造アイアンとウェッジという具合にだ。

その上、日本のゴルフブランドはクラブを余計に製造せず、欧米限定で生産量の一部を輸出することを考えていたため、これがクラブの希少性を増幅させ高価格を支える要因となったわけだが、結果としては、潜在顧客を減らすことになってしまったのだろう。

これ以外にも話は尽きないが、日本のブランドが、北米を高収益になるビジネスチャンスと考えた理由はわかる。市場のたった1%を獲得するだけでも、相当な投資に見合う以上に十分な収益が得られるわけだからね。少なくとも理論上は。


現状になった理由は千差万別

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北米のゴルフ用品市場でしっかりと存在感を示し、それを継続しようとした日本のゴルフメーカーの努力を「失敗」と表現するのはキツ過ぎるだろう。

とはいえ、どう表現すればより正確なのかは私にも分からない。十分な価値を生み出すことに「失敗」したか?と言われれば、そうかも知れない。望まない結果を招いたマネージメントのミスと言っても良いだろう。

各ブランドのレベルで言えば、三浦技研とミズノは、5年前よりも良い立ち位置にいる。しかし、他のブランドは同じことなど言えないはずだ。

とにかく、現状このようになってしまった理由は様々。メーカー特有のこともあるし、どのメーカーにも共通することもあるってことだ。


釣りの穴場

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まずは、主観的ながらも大切な日本メーカーの断片について。無名な存在の魅力のひとつは、それを知っている人や持っている人、あるいは手の届く人が少ないことにある。アングラのバンドや、釣りの穴場、あるいは限定品は人気が出ると輝きを失うのだ。

しかし、成長と人気は明確な目的ではないのに避けて通れない場合も多い。メジャーデビュー前のバンドは、いつだってレコード会社との契約と巨額の富を夢見ている。テイラー・スウィフトが元カレたちをディスるためだけに曲を作ったなんて思っていないでしょ?

要するに、内に秘めたことはそのまま隠し通せないってこと。そして、新商品に大金を突っ込みたがる人も含め、多くのゴルファーが、それまで超ニッチだったブランドに触れると、それが一般的になってしまうということ。

これは悩ましい問題だ。うまく練られて広がることは収益面で素晴らしいことだが、それがブランドの基本精神に反していたらどうだろうか?今、我々は潜在的な問題を抱えているというわけだ。


土地を知り、地に足をつけるべき

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北米と日本では、ビジネスにおける標準作業手順が異なる。両方の企業と関わりがある人なら、周知のことだろう。ちなみに、私はどちらが良いかなんて言っているわけではない。

でも、両サイドで経験を積んだ業界関係者に話を聞くと、「良い製品なら売れる」と思い込むと失敗するということだ。

そして彼はこうも伝えてくれた。「アメリカでは、アメリカの文化を理解し、その一部にならなければならなかった」。恩を着せる。裏で握っておく。奢る。野球の話をする。そんな感じ。アメリカでは、こうした人間関係を築くことが長期的に成功する環境を整えるための基本といえる。

しかし、コネの全てが卸売業者と営業数人だと、これは難しいだろう。卸売業者の主な機能は、販売目標を達成して製品をさばくことにある。取引の効率を高めるために無駄を省いたモデルになっているのだ。

これは、ユーザーが製品を手にするための短期的なソリューションだが、このモデルだとビジネスを成長させるために必要な実践や投資をする余地が少なくなる。

また、他の業界関係者は効果的に運営するためには、海外から(現地法人なしで)ブランド展開するべきではないとも指摘している。

「うまくつながれないことばかりだった…現地でも完全な組織体が必要だ」とし「最低でも管理職、製品開発、マーケティング、そして十分な営業は揃える必要がある」と話してくれた。

ここに代表例がある。「AMHスポーツ」はヤマハ、オノフ、PRGR、フォーティーンの卸売業者だが、数年前まで、このうちの一つから新製品が発売されれば情報を受け取ることができた。しかし、今年は「AMHスポーツ」自体があるのかを確認しなければならなくなっている。

アメリカのゴルファー、特に富裕層はドライブスルーで買う以上の何かを求めている。「彼らは繋がりたいし、その一部となることを求めているのだ」というのは関係者の一人の言葉だ。

上司が月次帳簿のプラスマイナスだけを気にしているようなら、成功するのは難しいってことだ。


ミズノの事例

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「1025カーボンスチール」がどこで鍛造されているかご存知だろうか?もちろん知る由もないだろう。トヨタのカムリが、どこ製か知らないのと同じことだ(ちなみにケンタッキー州ジョージタウン)。

つまり、いつまでも日本だけが、仕様に厳格なゴルフ用品を製造していると考えるのは無理ゲーってわけだ。

突き詰めると、日本のゴルフ用品市場はどこよりも早く成熟したということ。で、他の国が最終的に追いついたというのがカラクリ。

そんな中でミズノは素晴らしい事例となっている。一時期のミズノは、3支社(米国、欧州、日本)で同一ブランドをうまく機能させていた。日本限定モデルがいくつかある中で、他のモデルは欧州や北米でも発売され、モデル名が違う時もあった。

しかし、ミズノの今後に向けた最善策は、各支社の優れた要素を取り入れ統一した青写真に統合することだった。

方向性としては、鍛冶屋として名声を得ていた「中央」との関係を維持しつつ、ターゲット層のニーズに最適なデザインを作り出す際には、北米の要望を考慮するといった感じだ。

言い換えるなら、日本の伝統、職人技、美意識はそのままに、“弾道測定器での戦い“でのシェアを獲得できる最終製品を創ろうってことになる。


本間もダメだった

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こうなってくると、北米における本間の最近の動きがさらに気になってくる。最初は正しい手順を踏んでいるように見えたからだ。

本間は当時、ほぼ全ての主要ゴルフメーカーにとってのシリコンバレーであるカリフォルニア州カールスバッドで拠点を構えた。

さらに、北米チームを牽引するために業界で数十年の経験を持つエグゼクティブ数名(マーク・キング氏、ジョン・カワジャ氏、クリス・マクギンレー氏など)を招聘した。

そして、人員をしっかり配置したマーケティング部門に資金を投入し、数百万ドルするフィッティング施設(本間ハウス)を建設する一方で、ゴルフ場のショップ、有力なインフルエンサー、そして現場のPGAプロとの関係構築を請け負う営業チームを全国に展開したのだ。

その上、同社の「TR20」シリーズは、素直に言って秀逸。アイアン(「TR20 V」)、ウェッジ(「TW-W4」)、メタルウッド(「TR20」)は、全て『Most Wanted』に輝き、多くのケースで一番知られているブランド(テーラーメイド、キャロウェイ、タイトリスト、PING)を圧倒したのだ。

しかし、間もなくすると、海外の上層部が徐々に北米事業を解体。役員がいなくなれば、営業スタッフも去り、商品開発チームも消滅すると、マーケティングチームもなくなってしまった。

数ヶ月前にカールスバッドにいたが、本間の事務所の一つは表に看板こそあったものの、中はもぬけの殻という具合だったのだ。

本間がなぜこうした道を選んだのかについては様々な見方があるが、私がそのことを間違いだと指摘したって、そんなことはどうでも良い。

結局のところ、期待した投資収益をすぐに上げられなかったことは明らかであり、大きな代理店網を支えることが長期的な施策として優れているということなのだろう。

いずれにしても、本間は北米でミズノと互角に渡り合える最高のポジションにいながらギブアップしたように見える。


これからどうなる?

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では、日本のクラブメーカーはどうなるのだろうか?世界が追いついたことから、前のようになることはもうないだろう。

かつて日本ブランドのアドバンテージとなっていたことは、もはや過去のものだ。

高品質と高性能を謳った日本ブランドのクオリティを持つ鍛造アイアンを求めるなら、ミズノかスリクソンに勝るのは大変だが、メタルウッドとウェッジ、そしてパターの業界最大手は、テーラーメイド、タイトリスト、キャロウェイ、コブラ、PING(ピン)となっている。

例えば、ツアーステージ/ブリヂストン、ゼクシオ、ミズノが日本人ゴルファーに人気だったのはそれほど前のことではなかったが、今はテーラーメイド、タイトリスト、キャロウェイが主流となっているのだ。

もちろん、三浦技研、遠藤製作所、藤本技工、ミズノのような鍛造屋を移転させることはできない。

でも、国際的なビジネスの現実を考えるとそうするべきかは微妙なところ。

私は日本製のクラブマニアで、藤本技工のマッスルバックアイアンを大切に所有しており、オフィスにはジューシーのウェッジとプロトコンセプト「CO1」アイアンと並べている。

今後もそのあたりのアイアンを買うだろうが、その理由は以前とは異なるだろう。

みなさんのご意見は?是非とも聞かせてほしい。